2009年1月22日木曜日
バンジージャンプ:無謀な挑戦
● バンジージャンプご案内
● 無謀な挑戦
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バンジージャンプ:無謀な挑戦
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書棚を整理していたらクリアファイルに挟まれた写真の束を見つけた。
17年も昔の若き日に、バンジージャンプに挑戦したときの写真である。
このときの資料があるかどうか調べてみました。
日記が残っていました。
写真があり文章記録があるとすれば、いくら古いものとはいえゆめゆめ見過ごすのはもったい。
日記をベースにウエブ風に書き換え、写真をはさんで載せてみます。
『
★ 1992年5月11日
────────────
ザ・スピッツに行く。
シーワールドの横で行われているバンジージャンプを観るためである。
海岸ぷちの現場ではジャンプへ挑戦する人が7,8人並んで待っている。
22、23歳くらいだろうか、おそらく旅行中の日本の女性であろう、それが3人並んでいる。
料金は69ドル、写真を撮ってもらうと15ドルかかる。
ここのジャンプの話は聞いて知っていた。
海に向かって飛び込むのである。
体を水中に沈めることができる。
でも、見ていると、そのときのタイミングで腹までもぐることもあれば、まったく水面にとどかないこともある。
体重でロープの長さを加減するようだが、なかなか思ったようにはいかないようである。
日本の女性3人は水につからないようにやってもらっていた。
3人とも元気に飛び降りた。
ジャンパーが並んで待っているが、次から次へとジャンプしているのをみると、怖いという心理が働らかなくなるのではなかろうか。
もしこれが、ポツン、ポツンであったら、ものすごい恐怖感との戦いになるだろう。
中には前から飛び込み、次は後ろからと連続2回飛びこんだオッサンがいた。
ここのバンジーは建設用のクレーンを使ってカゴを吊り上げ、「150フィート」でジャンプする。
150フィートというと「45m」ほどになる。
ケーブルスキーワールドにもバンジージャンプがある。
ここは斜めのヤグラを組んで、それを3本ほどのトラ綱で固定している。
言い換えると半永久的な施設で、この斜めのヤグラの上をカゴが登っていく形式である。
エスカレータ方式であり、費用は半値で35ドルである。
ここは水に浸かるようにはなっていない。
弟たちは「紅の翼」の水上飛行機、「タイガーモス」を乗りにいった。
タイガーモスは水上をしばらく滑走して、スピッツの先端近くまでゆっくりと移動する。
それから機首をサーファーズ側に向けスピードを上げて離水する。
低空のまま街から外海へ出る。
そこから高度を上げて回り込むようにスピッツへ戻り、さらに高度を上げてカジノの方へ飛んでいく。
飛行時間は15分で65ドルである。
飛行機は一旦姿を消すが、しばらくすると海上に現れてくる。
そこで上下のウエーブをする。
「これがきつかった」と後で話を聞いた。
このときはしっかりと前のバーを握り締めていたという。
確かに陸から見ていても、このウエーブは怖いだろうということが分かるほどである。
バンジーを見ていたら、無性にやりたくなった。
いとも簡単にみな飛び降りてくるので、たいしたことないのではないのだろうか思うようになってきている。
ちょっとためらいはあったが申し込みをした。
写真も撮ってもらうことにした。
帰ってきた弟にバンジーに申し込んだと話したら、「エー、飛ぶの」と驚いていた。
そりゃ驚くわな。
私は四歳年上である。
まずはじめに体重を計り、それを手の甲にマジックで書く。
「54」
順番を待つ。
このときが一番イヤ。
大丈夫だという思いと、ヤバイかなという気持ちが錯綜する。
足にゴムマットのようなものを巻く。
足首にかかるロープの衝撃を和らげるためである。
それからロープを巻きつける。
自分の番がくる。
足がきかないので、カゴまでウサギ跳びでいく。
縛ったロープにフックがかけられる。
このフックにゴムのロープがつながっている。
腹まで水に浸かるようにして欲しいと要求を出していたので、濡れてはまずいのでシャツを脱いで弟に渡す。
● カゴに乗る、ニコニコ笑ってはいるが。
そこそこのスピードでカゴがあがっていく。
恐怖感はない。
上につく。
45mの高さというが、高いという感じはしない。
ここのハイライズに泊まると、この高さは経験できる。
もし45mなら、15階建て近くの高さに相当するはずだから、結構な心理負担になるはずであるが。
「ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、バンジー」と声をかけるから、「バンジー」と言って飛び込めと説明を受ける。
「上の方の景色はいいですよ」と、終わってから言ったが、思い出すと景色など見てはいない。
確かにチラリと目には映ったが、たいがいは下の方ばかりを見ていた。
後で聞いた話では下を見ると怖くなるので、係員は「下を見るな、景色を見ろ」と説明するらしい。
私にはその注意はなかった。
以前のことだが、実際、どうしても飛び込めずに、そのまま降りてきた人がいた。
カゴから出たその人の顔は真っ青であった。
● カゴがジャンプ地点で止まり、ジャンプ台に出る。
カゴのドアが開いた。
係員が進めという。
カゴから少し突き出て、飛び込み台がある。
ここへいくのが怖いのではないかと思っていた。
というのは、足は縛られており、ウサギ跳びでいかねばならないからである。
テスリにつかまり、台の先端にすすむ。
簡単にいった。
ジャンプ台から下を見てみる。
砂浜と海の景色が無意味なモザイクとして、ボーッツと点在するだけ。
景色を認識しようという力は働いていない。
ただ眼に写っているだけ。
「ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン」を聞く。
「ワン」を聞いたとき足に力を入れる。
「力を入れた」のであって、力が入ったのではない。
飛び込むというのはこれ、意志力である。
意志がないと飛び込めない。
飛び込めなければ、カゴで降りていくしかない。
眼におかれるべき力が、意志に置かれている。
「バンジー」で飛び込む。
飛び込むとは、テスリから手を離し、足で台を蹴り、空に体を預けることである。
水泳のスタートと変わりはない。
ただ水面の距離が遠いだけである。
理屈はそうだが、その遠さを克服するのが意志力である。
意志力がないと飛び込めない。
● 「バンジー」と叫んで空へ飛び込む
周りからみると、ただ落下していっただけだろう。
落ちていく本人には、自分が落ちていくという感覚がまったくない。
眼は開いているはずだから、風景は写っているだろうが、覚えていない。
これはスライド写真とは違う。
飛び込み台にいるときは、まがりなりにも風景は写っていた。
人がモノを見て、それを認識するというのは、時間というモノサシがあってはじめて可能のように思える。
台のところでは、見るものに対する時間が働かず、「バンジー」を聞くことに、すべてのエネルギーを振り向けていたように思われる。
「エネルギーのすべて」とは、風景を時間というモノサシで認識する、その時間を知るエネルギーをも含めてということである。
落ちていくとき、風景はない。
流れるようでは決してない。
車窓から風景を眺めるとき、意識をもってすれば、外の景色は見える。
意識が固定しないと、景色は流れるように眼に写る。
落ちていくときは景色は流れない。
見えないのである。
眼の位置がどんどん変わっていく。
その変化があまりにも早い。
流れる以上に早いのである。
その早さゆえに、風景は認識できない。
風景は見えないのである。
● 水面まで落下していく。
スピードが鈍る。
「スピードが鈍る」というのはおかしい。
自分が落ちていくという感覚がない限り、鈍るというのもないはずである。
体に抵抗を感じる、といったほうが正しい。
体に衝撃を感じる、ということもなかった。
足の膝が抜けるのではないだろうかという心配を持っていた。
それはまったくの危惧にすぎない。
ハードな衝撃はこれッポッチもなかった。
頭の上に伸ばした手に、水が触れた。
触れたと思ったらすぐに終わった。
後でおもいだしたことなのだが、カゴに乗るときシャツを脱いだのだが、その瞬間から頭が水に浸かるということを忘れてしまっていた。
よって、頭が水に浸からなかったことに、そのときは何の感慨も沸かなかった。
陸に上がって2本の足でたったとき、「そうだ、水に頭が入らなかった」と考えることができた。
客観的事実をこのときはじめて知ったということになる。
そしてしばらくして「ああ、残念だった」と感じるようになった。
● バウンドで持ち上げられる。
それに対抗するように手が上にあがりはじめる。
45mを落下するのに1秒か、2秒か、それとも3秒か。
2秒以上はあるのではないかと思う。
落下しながら、時間感覚は動いている。
ひじょうに長く感じるか、短く感じるかはさまざまであろう。
早く終わって欲しいという潜在意識があれば長く、でなければ短く感じるだろう。
何回かバウンドする。
後からおもうと、このバウンドがいちばんいやな時間である。
体が安定していない。
それでも眼をつぶったらどういう感じになるだろうと思って、目を閉じてみた。
酔っ払ったときの感じに近かった。
すべてが定まっていない。
● 相当の高さまで持ち上げられる。
手は完全に体についている。
落ちていくときは頭の先にある。
持ち上げられるときはそれに抵抗するかのように無意識に足方向へ戻している。
バウンドがおさまって、クレーンが首をふり、海側から浜に移動され、回収された。
この間、宙吊り状態であったわけであるが、おかしいかな、自分が逆さに宙吊りになっているという感じはなかった。
逆さ宙吊りというのは、日常生活のなかではありえないことであるから、身体が宙吊りを認識できないのではないかと思う。
眼は開いており、落下しているわけでもないのに、何かを見たという記憶がない。
経験したことのない逆さ宙吊りだと、視覚は正常に機能しないのではないかと思う。
眼に写ったものを認識するのは脳である。
が、これまでになかった写り方なので、記憶に分類できずに終わり、認識不能となり、そこで脳はこの写ったものを抹消してしまうのではなかろうか。
突然、砂浜が目の前にあった。
● 砂浜に戻ってくる。体はダラーンと伸ばしっぱなし。
回収され、係員に「どうだった」と聞かた。
思わず「グッド・フィーリング」と言ってしまった。
確かにフィーリングはグッドだったのだが。
気つけのシャンペンが配られ、証明書をもらい、写真を日本に送ってもらうために封筒に住所を書いた。
帰るのが先か、写真が届くのが先か。
子どもには
「お父さんはね、45mのところから飛び降りたんだぞ、尊敬しないといけないぞ」
と言ってやろうと思う。
バカにされるだけかな。
● 150フィート、バンジージヤンプ証明書[11th May 1992](名前は消してあります)
頭がジーンと鳴っている。
頭の中で何かが唸っているみたいだ。
集まった血が首の下へさがってこない感じ。
やばいかな。
運転はちょっと無理、代わってもらう。
一時間後の約束で、浜辺のベンチで横になる。
気分がすぐれない。
でも夕食は食べられる。
血の集まった頭と、その血のなくなった足の調子が悪い。
それでもビールを2本飲む。
冗談だが「バンジーは45歳以上はダメ、という年齢制限を設けるべきである」と思う。
年齢を考えずにやる方が悪い。
恐怖心のことばかり考えていて、やったあとの身体の回復のことをまったく考えていなかった。
四十半ばを過ぎたら、あれはやらないほうがいい。
帰ってきてすぐに寝る。
体調が悪い。
軽いムチウチか、脳細胞血管があちこちでぶった切れたか、それとも脳血液滞留症状か、といろいろ心配してみた。
吐き気でも出たら救急車でも呼ばねばならないだろうか。
こちらで医者にかかったら、旅行保険をかけていないので、相当とられるだろうなと考えたりした。
★ 1992年5月12日
──────────
昨日の夜から雨。
弟たちは出かけていった。
昨日の後遺症があって、気分がすぐれないので、留守番をすることにした。
ベッドでブラブラするが、頭がジーンとしている。
バンジーはやらなかった方がよかったかと考えれば、やらなかった方がよかったといえる。
では、やらないで済ませられるかと考えると、今回やらなかったらきっと次回にやったのではないかと思う。
もし来年、子どもたちと来ることがあったら、きっと子どもたちの前でやることになるだろう。
やったあとの後遺症はやってみないとわからないのである。
次回に苦しむか、今回苦しむかの違いだけである。
24時間何もなければ、気分がすぐれなくとも、どうということもあるまい。
★ 1992年5月13日
──────────
もうじき丸2日になる。
気分もおさまってきた。
バンジージャンプの後遺症はないようである。
』
こちらに定住してから、観光にくる若者には
「バンジージャンプをやりなさい」
と薦めている。
だが、誰も反応しない。
どうもやはり、先ごろの青年は軟弱になっているようです。
とおもいきや、ついに「バンジージャンプをしたいので連れていってください」という人が現れた。
ところがこれがなんとなんと親戚の子どもの嫁さん。
幼稚園の先生という。
新婚旅行中。
男はダメだが、女性は強くなった。
日本はまだ大丈夫だ。
日本でも女性首相の誕生が望まれるところである。
終わったあと「どうでした」と聞いたところ「面白かった」
「怖くありませんでしたか」とたずねたら「まるで」
そういえば、ここでバンジーに挑戦する日本人は、男性より女性の方がはるかに多いらしい。
いらぬことかもしれませんが、忠告を述べておきましょう。
もしあなたが「四十歳以上で、はじめてバンジーに挑戦」するならこの忠告を真摯に受け止められることをお勧めします。
まず、高さは「15m以内」にすること。
それでも5階建てのビルの高さに匹敵します。
足を縛る「逆吊りジャンプは避けること」。
落下傘のように胴体にファーネスを取り付け、バウンドするとき常に頭が上にあるようにすること。
そして、最後にして最高の忠告は
「面白いと思っても、四十過ぎたらバンジーはやらない方がいいです」
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2009年1月13日火曜日
一日一食半
● 豪華な?昼食
一日一食半
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六十を過ぎ、リタイヤしてから食事の量を減らした。
もともと食の細い方であったが、それでもさらに細くした。
力士が現役を退くとすぐにやることは、食事の制限をして体重を落とすことだという。
それに似ている。
よく食べるというのは、年とったものには悲劇である。
反面教師というか、それを目の前で見ているせいか、肉体的に食べないというより、心理的に食欲が沸かなくなってくる。
ショッピングセンターへでかけると、多くのリタイヤメントを見かける。
いるいる、欲望に身を任せてしまった、恥知らずな人間が。
なんて書いたら怒られますよね。
でも書きたくなるのが、この人たち。
デブではなくて「スパーウルトラ・デブ」。
超肥満というより「極肥満」。
太鼓腹というのは、もっこり腹が出ている状態をいう。
一面かわいらしい響きがある。
ここの太鼓腹は、度を越している。
この強引に突き出た腹を、何とか支えるためにのみ背骨がくっついているといった感じ。
もちろん、バンドなど締められない。
ヘソの上でちょこんと止めているだけ。
そのバンドを越えて、肉が垂れ下がっている。
女性はさらに大変。
ビヤダルどころではない。
よくお笑い番組で、お相撲さんの縫いぐるみを着て登場してくるのがある。
いちどこけたら、もう立ち上がれない。
腰についた肉をブルンブルンと振って歩いている。
肉の慣性で円運動が生じる。
よって前にいく推進力が生めない。
体をゆすりながらやっと、前に歩けるようになる。
その足を最初見たときは、体の重さでむくんでいるのではないかと勘違いしてしまったほど。
みっともないとか、恥じらいとかいったものをトウーの昔に忘れてしまっている。
人間である意識を忘れてしまっている。
「食欲が先立って、品性が感じられない」
このセリフが好きで、あちこちで使っている。
ここまで悪口をいうと叱られそうですが、実際そう感じてしまう。
少子亡国論というのが以前にあった。
人口減少が亡国につながるというショートカットな論理であった。
どこまで増えればいいのかという目安が展開されていなかった。
ただ、減ったら大変だ、大変だと繰り返していた。
人口が減少するのは、増えすぎたからである。
いわゆる「個体数調整」という自然のメカニズムが動いているということ。
「適正な人数」と動物としての人が感じるまで、減少傾向は続く。
人は人間である前に生物体としての「人」である。
その生物体が多いと感じれば、自然は減るメカニズムを発動させる。
それは人間がどうこうできるレベルではない。
科学のレベルではなく、自然種のレベルである。
だが、肥満はどうだろう。
これは人間の欲望が極限化された、醜い姿。
「肥満亡国論」、これの方がはるかに説得力がある。
「己のが食欲」という欲望を制御できなくなった亡者たち。
昔はあの世に「餓鬼」という地獄があった。
昨今はなくなった。
いまあの世にあるのは「飽鬼」という地獄であるという。
無理に口を開けさせられ食い物を注ぎ込まれる地獄だという。
歴史の流れと共に、あの世の地獄構図も変化してきているようだ。
もし、人が己が欲望を制御できないなら、国家がやるしかない。
国を亡国の岸辺へ追いやらないためにも国家権力が介入するしかない。
すこぶる「怖い、論理」
肥満犯罪法を設定し、肥満刑務所を造り、自分をコントロールできなくなった極肥満人間は軽度禁治産者とみなして、数ヶ月の刑務所暮らしをさせて、適正な体重までおとすように指導する。
そのくらいの強権をもって臨まないと、人間に未来はないということ。
でも、これ不可能。
刑務所が膨大な数になり、国家の負担が増大し、それによって国家が破産するかもしれないからだ。
真面目な冗談はさておいて、こういう右をみても左を見ても極肥満という社会に住んでいると、「ああわなりたくない」という自制心がすべてに先行するようになる。
それが心理的食欲制御のメカニズムになる。
「ものを喰いたい」という欲望が萎えてくる。
仮に一食抜こうとすると、はじめはその時間になると体がおかしくなってくる。
まずイライラが高じてくる。
そして、どなりちらしたくなる。
さらには、体に震えがくる。
腕を前に抱え込んで震えを止めないとどうにもならなくなる。
「イライラと震え」、これが食を抜くときに体が反応するノーマルな現象である。
こういうときは家にいるとヤバイので、なるべく散歩に出るようにする。
電柱の数や家の数を数えたり、曲がり道の向こうに見えるものに神経をとがらせたりして、空腹の意識を拡散させようとする。
こういうことを一週間続けると、だんだん体がそれに慣れてくる。
震えも苛立ちも納まってくる。
著名な寺の修行僧は朝の托鉢の後、その托鉢で得たもので一食をとり、それが一日のすべての食事だという。
つまり、人間てヤツは一食食べれば、それで命に別状はないということである。
そして、一番長生きをする職業の統計をとると「坊主」だという。
「人間一日一食」で十分ということである。
習慣づければ体はそれに対応してくれる。
脳みそで考えることより、体は賢く反応してくれる。
ちゃんとやるべきことはやってくれる。
人の思考などというものは、浅はかなものだ。
中途半端な知識でモノを考えないのがいい。
自分はバカではないが、そんなに頭もよくない、と思うのが手っ取り早い。
半月つづければ、もうその時間に空腹なるものを感じることはなくなる。
同様に、食べる量も減らしていける。
そこまでくればあとはさほどの無理はいらない。
地道にやっていけば、一日の食べる量をコントロールするのに難しさは感じなくなる。
一日二食。
朝は食べない。
起き立てに食欲はわかない。
働いている人は、これから通勤となりエネルギーを無理にでも補給しておかないといけない。
動物学的には起きてすぐに食べるのは体に悪い。
誰でも知っていること。
早起きをして、小一時間散歩でもして、体を動かしてから食事をするのが少しは健康的なスタイル。
しかし、社会生活ではそうはいかない。
無理にでも血糖値を上げないといけない。
24時間働けますか。
強引に血糖値を上げるために、「朝食を喰え」と薦められる。
体の負担が大きくなってもいいから「朝食を喰え」と教えられる。
知らず知らずにそれが正しい食事と思い込んでしまっている。
企業戦士を作るための医学界の陰謀か。
ライオンは起きてすぐに餌狩りはしない。
体中をベロベロなめて、だらだら長時間すごしてから、それからよいこらしょと様々に狩りに出かける。
一般動物で、起きてすぐ食事をとるのは人間だけ。
それでも、昔は朝ひと働きしてから、食事をしたものだが。
生物としてではなく、社会の要求にあわせている。
いたしかたないこと。
修行僧だって、托鉢して回ってから食事にありつく。
昨日の残りがあるからといって、決して起きてすぐ食いはしない。
この姿をみれば、おのずと動物としての人が見えてくるというもの。
いつものことだが、言うことが偏見に満ち満ちていてきつい。
それを楽しんでいる部分も多分にある。
「イイコチャンにはならない」、という信念にすがりついているのだろうかと、われながら自分のスタンスにあきれることがある。
てなことで、勤務なきリタイアメントは「朝食を食べてはいけない」
働くことをやめたら、つまり社会的な拘束を逃れたら、できるかぎり「動物としての人」に戻ったほうがいい。
これは生物学的に言っての話。
文化的にいうと「朝食を抜いてはいけない」ということになる。
どちらを選択するかは個人の自由。
● 輸出用のざるうどん
この国で作られている日本向け輸出用のウドンです。
昼はウドンかソバ。
大盛り。
トップの写真は我が食する「豪華な昼食」です。
トウフ半丁、サラダ、トマトときゅうりの野菜、ちくわ、味噌汁。
下の写真が「ささやかな夕食」です。
トウフ半丁、サラダ、トマトときゅうりの野菜、ハム添え目玉焼き、スモークコッドの切り身、味噌汁。
「ご飯はついていない」
よって穀物類は昼の麺類大盛り一食になる。
● ささやかな夕食
まず「トウフ」
ありがたいことに、どこのスパーマーケットでも売っている。
パック入りで2,3種類出回っている。
絹ごしも木綿ごしもある。
日本円で100円から200円ほど。
昼夜半丁、一日一丁である。
トウフの上には乾燥ワカメを戻したものをおき、それにネギをたっぷりおき、最後はオカカである。
「トウフの具、三段重ね」である。
チョッツチョッと添えるだけ、それだけで豪華に見える。
料理は「美学」でないといけない。
チョッツチョッで美学になる。
乾燥ワカメとオカカは日本食料品店で買っています。
● どこでも手に入るトウフ
つぎは「サラダ」
サラダとくればレタスに決まっているが、それにタマネギの薄切りとニンジンの短冊を混ぜる。
ニンジンは時にピーマンになるが、今日は赤でいこうか、緑でいこうか、そこが思案のしどころ、といった風になる。
「見た目」これは料理の基本。
見た感じで「食べてみたい」という欲心が出ない料理は、はなから落第。
小学校やハイスクールの昼食は弁当だが、リンゴ1個にビスケットと数枚という子どもは多い。
よって昼休みにリンゴをかじっている姿を頻繁に見かける。
この姿、街のフードコートでも見かける。
それも美人のオネエサンがリンゴにかぶりついている。
近くのオフィースの事務員である。
リンゴをかじる姿というのは絵になる。
でも日本では子どもを除いてあまり見かけない。
エッツ、というのを見たことがある。
スーパーマーケットの前においてある椅子に腰掛けていた小学校高学年くらいだろうか、その子があの赤いニンジンをガリガリとかじっていた。
おいしいのだろうか。
うまそうに喰っているという雰囲気にはまるで見えなかったが。
買い物の親を待っている様子であった。
ニンジンを丸ごと食べるというのは馬の姿しか思い浮かばない。
かくいう私もニンジンを丸ごと食べたことがある。
隣の家の家庭菜園にニンジンがあった。
オッサンが引き抜いてきて、おいしいから食べろという。
イヤッツ、と言うわけにもゆかないので、小さなものだったので、丸ごとかじった。
おいしくはないが、まずくもない。
「うまいか」と聞かれて「スイートだ」と答えた。
でも、その後、ニンジンの丸かじりはしていない。
「アイアンシェフ」の没頭で鹿賀丈史が黄色いピーマンをガブリと食べるシーンがある。
「まずい」といった雰囲気を隠すために、なんとかかんとか作り笑いをしているシーンである。
ニンジンもピーマンも生でガブリと食べるものではないようだ。
料理をするか、添え物か。
ニンジンは安く、ピーマンはやたら高い。
ニンジンはわずかなお金で山のようにくる。
もし食糧危機がきたら、なんとか最後はニンジンを食って生きながらえる、そんなこともできそうにおもえてくる。
でも生ものは最初に枯渇してしまうだろう。
タマネギ、これはおいしい。
最近のタマネギは切っていても涙がでない。
ちょっとタマネギっぽくなくなってしまったが、その分手軽に使えるようになった。
スライスしているときつまんでみる。
甘くておいしい。
これはいける。
昔は湯がいてオニオンスライスにしていたが、最近はそのままレタスにまぜてサラダにしてしまう。
タマネギのないサラダはひと味落ちる。
レタスにはアジがない。
それだけでは素っ気ない。
ドレッシングに依存して食べなければならない。
サラダの味を作るのがタマネギ。
タマネギが入るとサラダの味が出てくる。
上に載せる具は昼はワカメだけだが、夕食はさらにその上にカニカマモドキをほぐいて散らす。
カニカマモドキはスパーマーケットでも売っているが、日本食品店に行ったときついでで買ってきている。
つぎは「キュウリとトマト」
当たり前のことだが、どこでも売っている。
トマトは一日1個、昼夜半分づつ。
キュウリは大きさにもよるが一日一本か、大きなものだと二日で一本になる。
あたりまえだが特別な料理方法などはない。
でもこちらでは「焼きトマト」というのがある。
なぜあんな水っぽいものを焼いてしまうのだろう。
文化の違いといえば、そうなのだが。
小さいときに冷やしトマトをよく食べていた。
単に冷やしたトマトを丸かじりするだけだが。
キュウリは縦に半分に切り、それにミソをつけて食べていた。
その頃の3時のオヤツだったのだろう。
どちらも今は皮をむいている。
キュウリはピラーでいともたやすくむける。
このピラーというのは、まったくアイデアそのものである。
うまいものを考えたものだと思う。
トマトは水っぽくて皮が肉にへばりついてピラーはきかない。
頭と尻を切り落として、まな板に据え、回しながら周囲の皮を包丁で落としていく。
ネギを薄くスライスできるか、このトマトの皮むきが容易にできるかで包丁の価値が決まる。
切れる包丁は扱いが下手でも、勝手にトマトの皮を薄くそぎとってくれる。
キュウリは安いが、トマトは倍値段する。
でもトマトの方に手が出る。
野菜にして果物という感覚だろうか。
冷えたトマトの丸かじり、リンゴの丸かじり、歯ごたえはまるで違うが、ニアンスは似ている。
「おかず」は昼はちくわ。
冷凍ものを日本食品店から買ってきて、ただグリルで焼くだけ。
時に、サツマアゲやツミレなどになる。
夜はスモークコッドと目玉焼き。
スモークコッド(スモークたら)の切り身はスーパーマーケットで売っている。
他の魚の切り身もあるが、味付けをしないといけないようなので買わない。
スモークコッドのほかには、日本食品店から冷凍したシシャモ、アジのひもの、秋刀魚のひらきやホッケなどを買ってきて、解凍してグリルで焼く。
醤油をかけて食べられればそれでいい。
グリルで焼くものは、単にグリルで焼くだけ。
それ以外、何もしない。
味付けなどまったくない。
よって、まともな料理といえるのは目玉焼きだけ。
フライパンに油を敷いて、ハムを焦がし、タマゴを焼く。
これもそれだけの料理。
おかずに「肉」がないが。
目玉焼きに添えたハムが唯一の肉系。
昔は家族が別のものを食べていたとき、私だけはステーキだった。
肉もブタ肉は嫌いで、ビーフオンリーだった。
ところが、最近はしつこい肉に食欲が沸かなくなってしまった。
外で食べることもあるが、例えば昼などはケバブ。
昔はビーフ、今はチキンかベジタリアン。
あの頃からは考えられない変わりかた。
そういえば完全なベジタリアンが息子の友人にいた。
肉と名のつくものはすべてダメ。
野菜か魚に限られていた。
年齢的に食べるということを人生の最大目標にしていた世代に生まれ育ったので、好き嫌いのない連中ばかりが周囲にいた。
よって、我が人生ではじめて出会ったベジタリアンであった。
宗教的にベジタリアンならわかるのだが、そうではないらしい。
日本人である。
息子の友人にはいろいろなのがいる。
例えばタマネギであろうと長ネギであろうと「ネギ」と名のつくものはすべてダメ。
これはちょっと珍しい。
私はネギが大好き。
添え物にチョビッと出されたネギというのはどうも好きになれない。
常にネギは山のように切り刻んでおいて、ドバッーと入れたりかけたりするのが大好きなのである。
あるいはタマゴのダメな子がいた。
これはアレルギーとのこと。
「じんましん」みたいになるらしい。
よって、その料理にタマゴが使われているかいないかが、本能的に分かるほど研ぎ澄まされているという。
豊かな時代には、すべてが豊かに色々なことが発生するようである。
「味噌汁」はパックもの。
一袋20セント、つまり15円から20円くらい。
これに乾燥ワカメとアブラゲをいれ、ネギをドバッツーと入れてお湯を注ぐだけ。
てなところが、私の食事なのですが。
主食が昼の大盛り麺類のみ、というのがドラマチックでしょう。
よって、2食が「一食半」になってしまう。
この食事を続けると間違いなく痩せる。
ちょっと痩せすぎるのが心配と思うが。
でも修行僧の一日一食から較べればはるかに豪華にして過食である。
なを、一日の食べる量が写真のものだけ、ということではありません。
食後の果物もあり、三時のオヤツも食べます。
夜は一杯やってオツマミもあります。
もちろん過剰にはとりませんが。
ちなみに、この国では肥満は幸福の心理的バロメーターでもあるようです。
『
★ 25today 2009年1月18日
幸福度の高い肥満体
http://www.25today.com/news/2009/01/post_3068.php
幸福度の高いオーストラリア人
1月18日、世論調査企業ニューズポルが1,200人を対象に実施した幸福度世論調査が発表された。
この世論調査は、体重減少企業「Weight Watchers」が同社に依頼し、体重過剰タイプの人々に自分の生活習慣を評価してもらう形で質問し、人々の幸福度、体重や健康に対する態度を判断しようというもの。
その結果、回答者の過半数が自分を体重過剰と考えており、しかも女性の方がその傾向が強いことが明らかになった。
また、女性よりも男性の方が、不健康な食生活または食生活に無頓着という回答の率が2倍ほど高かった。
また、半数近くが、「ほとんどの場合、自分は健康」と考えているが、運動不足と考えている 人も80%を超えていた。
また、回答者の半数近くが、仕事にも非常に満足していると答えており、30%ほどがまずまず満足と答えている。
人間関係に満足していると答えた人は60%を超えており、一般的には年齢が高くなるほど幸福度も高まり、女性は男性よりわずかに幸福度が高くなっている。
体重過剰な人々は90%が人生にも自分にも満足していると答えており、オーストラリア人は比較的幸福度が高いという結果も出た。
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